格闘技メディアTHE1.TV(ザ・ワンTV)

【コラム】【印象に残った来日外国人選手⑧】地元韓国で見たキム・スーチョルの強心臓ぶり(執筆者:中村 拓己)

【印象に残った来日外国人選手】というテーマで、このコラムを連載させてもらっているのだが、一人の選手を日本とその選手の地元で取材することも稀にある。

前回のコラムでも書いた通り、基本的に来日外国人選手は、早くて試合の一週間前頃から日本に入って試合に向けて準備を続ける。スケジュールがタイトな選手になってくると、計量前日に来日して、試合翌日には帰国するというパターンもあるくらいだ。

来日後の外国人選手は宿泊ホテルに滞在し、ホテル内に用意されたマットスペースでトレーニングを済ませることがほとんどで、街に出歩くことはほとんどない。まさに試合のために日本に来て、試合が終わったらすぐに帰る形だ。当然試合に向けたホテル暮らしは通常の生活とは違うもので、日本に来ているという時点でかなり特別な状況だ。しかも初来日の選手は当然緊張もするだろうし、日本が慣れている選手でも試合前ということでピリついていることが多い。

そんな来日外国人選手たちを取材しながら、この選手は『自分の国で試合するときは雰囲気が違うんだろうな』や『普段はどんな選手なんだろう?』と思うことは少なくなかった。

今週末「RIZIN.48」で井上直樹とバンタム級王座決定戦で対戦するキム・スーチョルの試合を韓国で取材した時は、地元モードのスーチョルの姿に非常に驚かされた。

筆者がスーチョルの試合を韓国で取材したのは、2014年5月に韓国。原州(ウォンジュ)のチアック体育館で開催された「ROAD FC 015」での田村一聖戦だ。この大会には日本からスーチョルと対戦した田村、ミノワマン、梅田恒介の3選手が参戦し、メインイベントではヨアキム・ハンセンも出場していた。

当時のスーチョルはROAD FCとONEの両団体で試合を重ね、2012年10月にレアンドロ・イッサをKOして初代ONEバンタム級王座を戴冠。2013年10月にビビアーノ・フェルナンデスに敗れて王座陥落となり、2014年からROAD FCに主戦場をシフトしていた時期だった。ONEでの王座戴冠歴こそあったものの、レコードは13戦8勝5敗と勝ち星が大きく先行していたわけではなく、韓国バンタム級のトップ選手の一人という位置づけだった。

一方の田村は2012年からUFCに参戦し、ジジャン・ティエチュエンに勝利したものの、ハファエル・アスンソンとTJ・ディラショーに敗れ、こちらもROAD FCに戦いの場を移したばかり。日本から取材に来た筆者としては、再起を図る日本のトップ選手である田村が韓国に乗り込んでスーチョルの正念場の一戦を迎える、そんな図式の試合として見ていた。

この時は日本人選手たちが日本チームとしてホテルに入って、そこから公式行事を順にこなしていくスケジュールだった。ヨアキム・ハンセンなど日本以外から来日していた選手たちや一部の韓国人選手も同じホテルに宿泊し、自宅から公式行事に参加する韓国人選手もいるというスタイルだった。

筆者は日本チームに同行して取材を続け、公式行事の際に日本人と対戦する韓国人選手たちと顔を合わせる場面もあったのだが、その時に感じたのがスーチョルの落ち着きっぷりだった。原州出身のスーチョルは自宅から公式行事に参加していて、決まった時間にロードバイクでホテルまで移動し、対戦相手の田村が近くにいてもピリピリした様子は一切なく、常にリラックスしていて平常心。緊張感がなく余裕ぶっているわけではなく、とにかく自信に満ち溢れている振る舞いを続けていた。

特に印象的だったのが試合前日の出来事だ。この日は午前中にホテルで全選手が本計量を行い、夕方から原州プレミアムアウトレット内でのパブリック計量(いわゆるモック計量)に移動するスケジュールが組まれていた。計量を終えた選手たちは一時解散となり、パブリック計量までの時間でホテルから市街地へ移動し、そこでリカバリーのための食事をとる予定になっていた。

筆者は日本チームと共に小型バスに乗り込み移動を待っていたのだが、そこにやってきたのがスーチョルだった。ちょうど窓際に座っていた田村を見つけたスーチョルは自転車に乗ったままバスの隣に来て、田村の席の窓をコンコンとノックし、田村が窓を開けると、おそらく「計量おつかれ、このあとよろしく」といった言葉をかけ、颯爽と立ち去って行ったのだ。翌日の試合でもスーチョルは田村相手に自らテイクダウンを仕掛け、左フックを効かせると最後はRNCで一本勝ち。試合前の振る舞いも含めて、こんなに堂々と戦って勝つアジア人がいるのかと衝撃を受けた試合だった。

その後、スーチョルはROAD FCで確固たる地位を築き、RIZINでも活躍。VS日本人無敗を継続し、バンタム級アジアNO.1と言ってもいい存在となった。日本での取材ではあまり見せることがない、韓国で見ることが出来た自分への絶対的な自信。それがスーチョルの強さを支えているのだろう。

動画ランキング

記事ランキング

勝敗を予想せよ 無料会員登録→30ドルプレゼント!